202104-185:ラッキーナンバーがありました

六本木で模型店を経営する社長さんが、会社の名前に数字の4をつけていました。社名の由来を伺った際、ラッキーナンバーとのことでした。自分のラッキーナンバーを聞かれ2と答えました。2番でもいいじゃないと中華系日本人が口にするまでは、自分のラッキーナンバーは2でした。

団塊の世代は、人生の節目では必ず試験があり競争してきました。中学では1年2組。高校で初めて優勝した大会ではゼッケン2番、以後2位が2回。第1志望の大学で入った寮の部屋は202号室。2にまつわるいい思い出はこのくらいですが、何かというと2を大事にしました。
何かを選ぶとき、2が入っていれば迷いません。株と為替で待ち伏せするときは指値の下二桁は22。ラッキーナンバーですから。これをカネに替えられるかどうかは、努力と運次第です。

勤め人稼業でも2番手やボスのアシスタントは居心地がよかったです。
そして、永く勤め人をやっているうちに2番は1番になれないことがよくわかりました。さらに2番は1番の道連れになるリスクが高いことも失敗事例として学習しました。
2番でいいじゃないと考えているうちは、会社では部長止まりです。無事役職定年を迎えることができればラッキーで、リストラや降格左遷は1番の評価次第です。

 

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