金言-925:神輿を担ぐ

神輿を担ぐ

今朝目が覚めた時、夢に何人か若い頃お世話になった先輩・上司の皆さんの名前を覚えていました。最近は夢を見ても目が覚めるとほとんど忘れていますが、今朝は違いました。それが何かというわけでもないのですが、その人たちとの勤め人時代を振り返ると、最初のデキル上司との出会い以来、自分はその時々のこれはと思う上役の神輿を担いでいました。

神輿を担いている間は達成感や充実感があり、思えば誠に幸せなひと時でした。残念ながら選んだ神輿は長くは持ちませんでした。だいたい2年、長くて5年でした。好みはデキル上司ですからしばらくすると必ず栄転します。担いでいた神輿とは一定の距離があり、この境界を踏み越えると一蓮托生の運命を共有することになり、それを本能的に嫌いました。従って、戦闘能力が増強した神輿の担ぎ手として選ばれることはなく、次の神輿を見つけるまでは充電期間となりました。任侠映画の世界では一線を越えて玉砕か長いお勤めの旅にでますが、しがない勤め人はヒヨリます。

神輿を担ぐことは嫌いではありません。周囲の目を感じながら、勢いよく仲間と目標を達成していく小気味よさはくせになります。その快感を忘れられずに今にいたっています。起業の際、定款に営業支援の役務を加えました。営業サポートや経営コンサル業務はクライアントの神輿を担ぐということです。そのことを、夢に登場した先輩の皆さんが思い出させてくれました。

関連記事

  1. 吸音ユニット
PAGE TOP