201904-138:三角乗りを思い出しました

三角乗り

小学生の頃、
近所の自転車屋さんが貸自転車をやっていましたので、それで母と通町とか弘明寺の市場に買い物に行きました。覚えているのは、祖母に頼まれてナマコを買いに行ったことです。あのコリコリした触感はよ~く覚えていますが、どぜうのように時間がたつと、懲りずにまた食べてみようかとは思いません。
自転車が欲しいと父にせがんだことがあります。父は買ってくれませんでした、その代わり叔父が中古の大人用の自転車を持ってきてくれました。三角乗りを覚えました。
自転車が当時父の給料の1~2カ月分相当とは今頃初めて知りました。
それから、父と叔母は自転車に乗れませんでした。
これは晩年の叔母から聞いた話です。
半世紀も経過して、ようやく、給料の半分程度でロードバイク、クロスバイク、マウンテンバイク、折り畳み自転車を手にいれることができる時代がやってきました。
玄関前に2台、仕事部屋に2台あります。ナマコは買いにいきません。

自転車全体の年間生産台数は伸びているにも関わらず、昭和34年頃までは子ども車の生産台数の占める割合は12%前後で変化がなかった。また大手製造会社製の大人向けで14,000円〜28,000円という価格は公務員の初任給の1〜2ヶ月分に相当した。したがって一般家庭では子ども用自転車を気軽に買い与えることは難しかった。そこでサドルに腰掛けて運転することが出来なかった大人用自転車を子どもたちが乗るために考えたのが三角乗りであった。当時はフレームの大半が三角形をしていたので、この三角形の中に右足を入れて、ペダルを半回転させながらなんとか前に進んだのである。

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