金言−797:2月11日は転職記念日

昨日は勤め人としての暮らし方の転機となった記念日です。
15年お世話になった大企業が先行き不透明になったと勝手に判断して、自己都合で
退職。斡旋してくれた知人の会社の費用で2カ月ほど自主トレをした後、外資転職
が決まった日です。振り返ると1回目の転職でした。
カリスマオーナーが支配する同族会社からドイツ企業への転職は、元の職場の同僚
には無謀に映ったにちがいありません。2年ほど机を並べて仕事のやり方を教えて
くれた先輩は、「安定した生活と将来を棒に振る危険なワナだ」と忠告してくれま
した。今でもよく覚えています。
単身ルフトハンザのCクラスでミュンヘンに面接に行きました。
初めてのヨーロッパでした。時差もあり、前夜はあまり眠れませんでした。
自分なりに面接の想定問答を繰り返しているうちに朝となりました。
朝食のあと、ラウンジでアポがありました。
2メートル近い巨漢と会い、20分ほど話をしました。
その後、面接会場に案内されることもなく、いれかわりたちかわり、これから同じ
職場になると思われる人たちがやってきて歓談しました。
当日は、ランチも夕食も一人でしたが、独りの食事はその後4週間にわたる滞在で
最初で最後となりました。翌日から、独仏でのOJTが始まりました。
思えば、ミュンヘン行きは片道切符でした。日程はありませんでした。
初日のラウンジでの会話の結果次第であったのです。
あの人がOKなら即日社員待遇で滞在が伸び、ダメなら即帰国でした。
もうひとつは2カ月ほどだれかの費用で自主トレをしましたが、これもテスト期間
であったようです。
会議室で何人かを相手に面接のシーンを想定していましたが、短時間で採用が決ま
るような簡単なものではなかったと今頃になって思い出しています。
何はともあれ、毎日が刺激にあふれた危なっかしい日々が始まった記念日です。

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