金言−696:同窓会の案内が届きました

今年になって、大学と小学校の同窓会の案内が届きました。
どちらも初めての開催です。幹事をやろうという心身共に余裕のある同窓の何人か
が意気投合したのでしょう。
団塊の世代にとって、小学校は1クラス50人以上、1学年で2桁のクラスがあり、教
室が足りずに二部制になったことがあり、同窓生の生存者数は多いはずです。でも
いままで一度もクラス会は開催されませんでした。小学校卒業当時は、何をやるに
も競争で、しのぎを削って(切磋琢磨した人はいい大学を卒業し、いい就職先を見
つけました)暮らしていました。中学から高校は、大学受験で小学校の仲間とクラ
ス会をやるより、模擬試験を受けたり、学習塾に通ったりするほうが、充実感があ
りました。
ようやく受験勉強から解放されても束の間のキャンパスライフを謳歌する間もなく
、安田講堂の砦とか成田空港とかで、大学はバリケード封鎖。卒業すると、親の世
代に有ったはずの植木等の気楽なサラリーマン稼業は消滅していて、予算必達とか
派閥抗争とかに明け暮れ、気が付くと成果主義と若手登用の株主対策で退場という
次第です。
こんな中で、東大=キャリア、セレブ=慶応という図式に無縁で、所属する会社の
人脈にも絡まない同窓会は、お呼びでないというのが実情でした。
それに、クラス会なら何とか昔話を共有できますが、同窓会となると、同じ年に卒
業したというだけで、顔も名前も覚えが無いという人たちと2時間近く歓談するの
は無理があります。
あの頃は、自分なりに描いた近未来を同世代の仲間と競り合って実現しようと、焦
燥感にかられながら、もがいていたはずです。懐かしい思い出を共有しようとして
も、そもそも徒競走で仲間と手をつないでゴールに向かって走ったわけではありま
せんから、共有する思い出は数少なく、花が咲くような昔話が乏しいのです。
というわけで、初回は欠席の返事を出しました。あとで、出席者の動向が伝わって
くれば、2回目の出欠判断の材料にします。

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