金言−351:北京五輪

2008年8月8日午後8時(現時時間)北京五輪が始まりました。午後9時前か
らテレビ中継を見ていましたが、意外に長時間で、聖火台が点灯される前に眠って
しまいました。メインスタンド前で威儀を正すシーンがあったがどうかテレビ画面
には映らなかったのでわかりませんが、選手の入場行進の様子が、閉会式の行進の
ような気楽な感じでした。そして違和感があったのは、日本選手団のジャケットが
赤ではなかったことでした。今回、中国は北朝鮮のように「国民が国家に対して絶
対的な忠誠を表現する場」として、五輪を使わなかったようです。

聖火台への最終ランナーがロス五輪で活躍したアスリートであったことで、ロス五
輪のことをふと思いだしました。1984年のロス五輪が、最初にオリンピックの
商業化に成功した大会といわれました。あの時の組織委員長は、P.ユベロス氏で
した。この人は九州とハワイ間のチャーター便の成功で財をなす基礎をつくりまし
た。人気ピーク時には、次の大統領候補になるにちがいないといわれました。80
年代に、ドイツのスポーツメーカーは、五輪商業化の手腕に期待して、アメリカ市
場の建て直しをこの人に依頼しました。当時、このドイツ人の会社の日本人社員と
して働いていた某氏によると、ドイツ人幹部は、このアメリカ人ビジネスマンを操
り人形といっていたそうです。ロス五輪の商業化の裏には、米国大企業の影の部分
が見え隠れしていたのかもしれません。

派手なスポーツイベントを見るたびに、スポンサー料を湯水のように使う広告代理
店の体質を思い出してしまいます。スポーツイベントでは、メディアに放映権を切
り売りしまた競技場施設や選手自身そしてメディアが触るものすべてに肖像権や独
占権がからみます。さらには、1業種1社に独占的なスポンサー権を巡り、多額の
現金が動きます。その資金の一部がイベントプロデュース屋さんに流れます。受注
したイベント屋さん、すなわち大手の広告代理店は、特別チーム(事業集団)を組
織し、大会本会場敷地内に特設事務所(工事現場の建設事務所みたいなもの)をつ
くります。そこに、各スポーツ団体・協会・スポンサー企業から出向してきた専門
家が集まり、大会開催に向けていろいろな活動をしていきます。この経費は、スポ
ンサーが負担します。

イベント屋さんは、予算を節約したら、次のイベントの受注活動にマイナスになり
ますので、獲得した予算は全部使いきって派手なパフォーマンスをします。ある世
界大会では、一流ホテルで開催された打ち上げで、イベント屋さんがスポンサー企
業の幹部を招待し、出席者全員に三越百貨店謹製の特注純銀製メダルをお土産に用
意しました。出席者は高価な記念品をもらって喜んだと思いますが、このプレゼン
トの原資は出席者の企業が払ったスポンサー料です。自腹でタクシーに乗るときは
金額が気になりますが、会社払いだと負担を感じない勤め人が多いと思います。

昔は、そのような感覚で、イベント関係者がそれぞれ獲得した予算を使っていまし
た。スポンサー企業は払った宣伝費を、自社商品の拡販で取り戻します。多額のス
ポンサー料の一部は、イベント主催者の活動資金となり、その資金の一部でイベン
ト屋さんは本領発揮し、スポンサー企業の主力商品が売れていきます。大会運営資
金が集まらないマイナーイベントでは、主催者が手弁当で苦労しますが、グローバ
ルで人気のあるイベントには、豊富な資金が集まります。そしてこの資金は基本的
に、その都度使い切りです。

景気後退局面の現在、夢のような話ですが、北京五輪の開幕イベントを見る限り、
イベント屋さんが湯水にようにカネを使う構図は、昔と変わっていないような気が
しました。

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