202008-406:特別な年2020

90年当時、秘書をしてくれた方のことを思い出しました。一人は大手外国銀行で秘書をされていて定年退職されたご婦人、もう一人は結婚間近の若い女性でした。ご婦人の方は、ベテランで、いつも満足のいくビジネスレターをすばやく作ってくれました。だんだん慣れてくるとつい甘えてしまい、乱暴な走り書きを渡すようになりました。それでも納得いく文書ができてきました。あの頃は、E-mailもインターネットもないし、ワープロはまだ一般的ではなく、IBMの電子タイプライターでタイプアップしてFAXで送るのが主流でした。

もうひとりの女性は、経理関係をお願いしていたのですが、海外から電話すると、歯医者にいっていたりして、いないことが多かったことを覚えています。こちらが事務所にいるときはこき使われるので、上司が海外出張中に雑用や私用をすませているとのことでした。

あるとき、この女性がディストリビュータからの価格問い合わせに、FOBプライスリストを誤って渡したことがありました。これで日本の子会社の仕入れ原価がわかってしまいました。そのときも、海外から電話したときにわかったことで、じっとほとぼりが冷めるのを待つしか手がなかったような状況でした。実際には、違法取引発覚ではなく、手数料の額がバレた程度です。互いに儲かっている限り、支障はありません。

当時、危機管理意識といったものはありませんでした。引き潮のときに波打ち際に砂山を作っているようなものでした。沖を大型船が通ったときには、大きな波がきて砂山が崩れそうになります。しかしトレンドは引き潮ですから、波打ち際の砂山は常に波をかぶることはありません。勢いといいましょうか、守りよりも攻撃だけでビジネスが成り立っていました。都市銀行は、親会社のブランド力を評価して、3億円の融資の枠を提供してくれました。

そして、いつか潮がとまり、次に上げ潮にかわり、波打ち際に作ってきたバブリーな砂山が次々と波に洗われ壊れていきました。バブル崩壊でした。
もう30年近く経過しました。現在進行中のコロナショックは、バブルの入り口での大不況ですから、傷口は当初は深くありません。しかし終息に2〜3年かかりそうで特別な年になるのは間違いありません。

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