金言1295:砦の上に

「砦の上に我らが世界を」を覚えていますか。「フランシーヌの場合は」というのもありました。前後して、日本では秋田や山本が「砦の上に我らが世界を」と煽っていました。機動隊が乱暴にバリケードを破壊する時、悲壮感漂うなかでの検挙寸前に「砦の上に」と歌うのがお約束でした。
団塊の世代の父親たちは、米軍との戦いに負けたときに天皇陛下万歳と唱えたのかもしれません。

新宿騒乱罪が適用されるような天下大乱の一時期、民青を否定する全学連はゲリラ戦も嫌いました。デモを始める前に決起集会をし、そこで公安の監視の下、当日の攻撃目標を予告していました。デモ隊が機動隊と衝突する場所は、警備の壁が最も堅固な重要拠点でした。警備の手薄な場所は目標にしませんでした。彼らが目指したのは、相手に被害を与えることではなくて、自らの存在感を訴える効果的な意思表示でした。昨今のテロリストとは違います。
その後、京浜安保共闘、連合赤軍、浅間山荘などと悲惨な道を歩んだ若者たちによって、三島由紀夫とトロツキーの美学は過去のものとなりました。

いまでも、そしていつの世にも、人は精進するにつれ、壁にあたります。壁の薄いところを狙って突き破るか、それとも、厚い壁を選んで乗り越えようとするか、どちらを選びますか。身体能力向上というよりは、老化を少しでも遅らせるために、容易に越えられる壁ではなくそれなりに手応えのある壁を選んで乗り越える努力と工夫をし続ける人がしたたかに勝ち残るのかもしれません。まだまだ、人生、負けられません。 

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