金言-233:生え抜き

「生え抜き」とは、広辞苑に、「その土地に生まれて、ずっとそこで成長したこと。
また、生まれてからずっとそうであること、はじめから続けてその会社・部署に勤務
していることなどにいう」とあります。

いまは表舞台から降りてしまった異母兄弟が、それぞれの会社の人材活用において、
互いに異なる手法で大成功した時期がありました。弟の方は、生え抜き・子飼いを重
用し、兄の方は、その時最も旬な社外の人材をヘッドハンティングし、鮮度が落ちる
と入れ替えるという実力・成果主義を採用していたようでした。

それぞれの会社風景の一部を紹介しましょう。
1)生え抜き重用の会社
5階建ての本社ビルには、エレベータがあります。社員は使うことはありません。た
まにまわってくる食堂当番で、食材や残飯を運ぶために、5階の社員食堂と別棟にあ
る寮の調理場を往復するとき特注のワゴンを使うので、例外として、社員はエレベー
タを使わせていただきます。エレベータを使うタイミングは、秘書からの情報を受け
た総務の判断と推定されます。総務が付き添い、緊急に備えます。緊急とは、オーナ
ーまたは来賓がエレベータを使うときです。運搬中に緊急事態が発生すると、ワゴン
と一緒に当番社員は物陰に隠れ、指示があるまで待機します。オーナーと顔を合わせ
たり、目があったりすると、たいがい、そのときの状況を細かく直属の上司ときには
総務から事情聴取を受けます。オーナーが社員にかけた一言は、即時に本社内と重要
事業所の責任者に伝わる仕組みです。(オーナーは雲上人というより、いつも近くに
いるビッグブラザーです)

重用されている社員は、肩書きに関係なく、社内で発言力を持ちます。その人がオー
ナーに代わってオーナーのある特定の部分の意思を表示するからです。例えば、企画
会議で、ある部署の担当者が巨額の設備投資や新規イベントの企画を提案することが
あります。空気が読めない社員は意外に思いますが、ベテラン幹部は、オーナーの意
思を読み取ります。生え抜きが重用されますから、1番はオーナー、2番はあの人、
しかし3番は自分だと社員全員が信じて疑いません。かくれた瑕疵に気がつかない善
意の社員です。

2)使い捨ての社外人材登用会社
一方、60階建て高層ビルに本社がある会社では、社員はエレベータを使って職場に
向かいます。出勤時は、玄関フロアのエレベータは混雑します。百貨店のエレベータ
と同様、定員でブザーがなれば最後に乗り込んだ人があきらめます。この常識が、社
内で通用します。オーナーが最後に乗り込み、ブザーがなると、当然、オーナーが降
ります。
乗り合わせた社員はオーナーの顔を知らないのかと思いましたが、その場で降りたの
がオーナーであることを社員は知っています。意外なことではありません。オーナー
は雲の上の人で、オーナーが社員に接触することは想定していません。ですから、オ
ーナーが隣にいても、無関係の第三者のように振舞います。オーナーが一般社員に声
をかけることはないのです。重要な意思決定は、社外の頭脳に頼り、鮮度が落ち、ま
たは他により魅力的な人材が登場すれば遅滞なく頭脳を交換します。社員は安心して
、指示通り業務に励みます。

3)15年後
兄の会社が傾き外資の傘下になると、弟の会社もあとを追うように崩壊し、二人は市
場から去りました。この二人が元気なときは、偉大な重石でおとなしくしていたその
他大勢の弟たちが、現存する資産の一部の所有権を主張しました。これから先は一族
の間での血の争いなので、茶の間のワイドショー程度の関心事になります。

生え抜きを重用するとオーナーの指示だけで動く組織になり、オーナーにカリスマ性
がある間は、順風満帆で、きれいなマスゲームが繰り広げられます。
一方、社外の人材に頼る成果主義にシフトすると、求心力を失い、金の切れ目が縁の
切れ目となります。

いずれ独立することを目指して、滅私奉公してきた会社がなくなり、いつか経営者に
なったときの目標と指針になると信じて従ってきたリーダーがいなくなると、はしご
をはずされたような気がします。
しかしながら、これが正常だと考えています。人生、山あり谷あり。右に振れたら、
つぎは左に振れなければ、下がったら上がらなければ、雨が降ったら止まなければ、
異常です。とにかく、長い間ずっと同じであることは、いけません。変化を拒めば、
市場から退場を迫られます。

◆あとがき

某オーナー会社恒例の社内イベントで、オーナーの子(児童)が親の会社の幹部を呼
び捨てにします。いつも父親がするように、子は従業員に声をかけます。

高校生のとき、先輩の大学生から「吉野さん」と初めて呼ばれたときはうれしかった
です。一人前に扱われたような気がしました。一方、小学校の同級生からは「吉野君
」です。月1回ほど利用する横浜の老舗割烹の女将に、相変わらず「吉野君」と呼ば
れています。昔なつかしく心地良いのですが、いつか、この店の利益に貢献するよう
な顧客となり、「吉野君」を卒業することを長期計画のひとつに加えます。

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